玄関……2回
トイレ……3回
俺の部屋……2回

階段2回、廊下1回、風呂1回、冷蔵庫前一回。


シグルドが俺の家族に、見つかりそうになった回数だ。


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  かわいいひと
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「シグ、一緒にこの家を出よう!!」



「……なんだよ、その顔」

俺のカッコイイ男前な台詞とイケメンさながらの眼差しは、シグルドの冷たい目によってあしらわれた。
「いや…ヒロキ、大丈夫か、熱でもあるんじゃないのか?」
「なんだよそれっ!」
父さんの服を着たシグルドが、真剣な表情で俺の額に手を当てる。
あの騎士の格好はなんだか窮屈そうな気がして、俺が何着か拝借してきたものだ。
父さんの服はダッサイもんばっかだったけど、不思議とシグルドは何でも似合ってたりして、正直腹ただしさと嬉しさが半々に。
「一緒に出ようと言ったって……大体お前はまだ学生だろう、親の元を離れて暮らしていける訳がない」
「でもさ!なんか、俺、シグルドにコソコソした真似させちゃって…何度も見つかりそうになってるし…」
シグルドは、こっちの世界に来てから早3日。俺の部屋に住んでいる。
トイレは俺の部屋のまん前だったし、風呂はみんなが寝静まったころ行ってもらった。
メシは俺が買ってきたり、夕飯を持ってきたりしてた。
だけど思ってた以上に隠すのは大変で、何より、何も悪いことをしてないシグルドをコソコソと隠れさせておくのが申し訳なくなった。
だって、シグルドは貴族だったんだ。俺みたいな一般庶民の家で暮らすこと自体、もしかしたら苦痛かもしれないのに
俺の部屋を一歩出たらコソ泥みたいな真似しなきゃいけないだなんて、いくらなんでも酷すぎる。
「確かに俺は学生だし金ないけど、でもココでシグをコソコソさせたままなのは絶対イヤなんだ!
俺、親にも頼んで一人暮らしさせて貰えるよう頼んでみるから!そしたら一緒に住もう?ね?」
俺がそう言うと、シグルドは何かを考え込むように黙ってしまった。
しばらく経った後、分かった、ちょっと外へ出てくる、そう言ったきりシグルドは俺の部屋を出ていった。
………シグルド、なんか怒った…?



「見てみろ!職が決まったぞ!!」
「は!?」
ものすごい笑顔で俺の部屋に戻ってきたシグルドは、とんでもないことを大声で口にした。
そして一階にいるはずの家族を思い出し、お互いに顔を見合わせ、口元に人差し指を当てる。
「……職が決まったって、どういうことだよ!」
「簡単な仕事らしい。リレキショとか言うものはよく分からなかったが、受付の人が丁寧に教えてくれたぞ」
…このイケメンが。
「これで、お前の世話にならなくても済むな」

……え?

世話?

それって、一緒に住むつもり、ないって、こと?


呆然としている俺をヨソに、シグルドは更に話を続ける。
「そもそもやはり騎士たるもの、俺もこの生活に疑問を感じてはいたのだ。
主の世話になり一日中屋内にいるのは、俺の性分に合わない。お前も知っているハズだろう?」
そう言って、シグルドは俺に笑ってみせた。だけど俺はシグルドの顔が見れなかった。
確かにコソコソさせてたのは悪かったし、俺も申し訳ないと思ってた。
でも俺の部屋で二人で過ごしてたのは、少なくとも俺は、楽しかったのに……。

「……ヒロキ?」
「え、あ、あぁ、そうだね、良かったよ、シグルドが楽しそうで」
「…そうか?」
「うん、楽しそう。やっぱりシグルドは動いてるほうが好きなんだね、じっとしているより」
「まあな。どうもじっとしていられない」
「…俺、ちょっと友達んとこ行ってくるよ」
「友達?男か!?女か!?」
「…どっちだって怒るくせに…」
俺は笑いながら部屋を出た。こうして二人でいられるのも、あと少しなのか……。


「遅かったな。楽しかったか?」
結局誰の家にも行く気がしなくて、本屋に軽く寄っただけで家に帰ると、生き生きしたシグルドの笑顔があった。
……そういえば。ここ最近、こんなに楽しそうなシグルドを見てなかった気がする。
いくら……その……俺が、すき、で。この世界に来たとしても。
騎士の仕事とか、シグルドの人生とか、それとこれとは、また別物な気がした。
きっと、シグルドは騎士の仕事が好きだった。あの世界で、きっと、誰よりも。
それを、俺は奪ってしまった。俺の意思で来ただけだとかシグルドはどうせ言うだろうけど、俺はそう思ってしまう。
だけどこっちの世界でも、騎士に勝るとも劣らないような仕事を見つけることが出来たなら。
その上で、シグルドに会えるのなら。何も悲しむことはないじゃないか。むしろ、それは喜ばしいことだ。

なんだか鬱屈した気持ちがすぅっと晴れていった気がして、俺も笑った。
一緒に暮らせなくたっていいよ。だってこっちの世界に、ずっとシグルドはいるんだし。
しかも、シグルドは俺を好きで、俺もシグルドが好きで。俺、これ以上何を望んでたんだろ。
「しーぐ!」
なんだかすごく嬉しい気分になって、俺はシグルドに抱きついた。シグルドが、うわっとか言う声を出して倒れる。
「ど、どうした、ヒロキ…っ」
「へへ。なんか、嬉しくなっちゃったんだよね。ダメ?」
「だ、だめ、では、ない…が……」
よく見ると、シグルドの顔が真っ赤になっていた。照れてんのかな。なんか、嬉しいな。
そういえば、密着してるシグルドの体から、心臓の音が聞こえる。なんかいつもより早くない?
俺はますます嬉しくなって、更にシグルドにしがみついた。シグルドの心臓が、またちょっと早くなった。
いつも俺ばっかりドキドキしてる気がしてたけど、そんなことないみたい。シグルドも、俺のこと好きみたい。
顔を見れば、もう耳まで真っ赤になってる。目も泳いでるし、すげえ困った、みたいな顔してる。
背中に回されてる手が、どうしていいかわかんないって言ってるみたいに、うろうろ、上のほう、下のほう、行ったり来たり。
さっきまでのモヤモヤした気持ちがウソみたいに、穏やかな気持ちになっていく。
「……シグ、ごめんな」
「…え、え?な、なにがだ」
どもってるし。
「俺、シグが勝手に仕事まで決めてきちゃって、なんだろな、なんか、寂しい気持ちになってたんだ、勝手にさ」
「……」
「俺は一緒に住みたいって思ってたのに、シグは俺の世話にならないとか言うしさ」
「え?」
「でも、考えてみれば当然だよな、いつまでも俺んトコにいるより、一人で暮らして、仕事したほうが…」
「…ちょ、ヒロキ、ちょっと待ってくれ」
「え?」
「……俺は、ヒロキと別々に暮らす気なんて、これっぽっちも考えてないんだが…」
「…え?だって、世話にはならないって……」
「それは……その…」
更にシグルドの顔が真っ赤になる。え?何、俺全然わかんないんだけど。
「いや、だからな?その…お前の世話になってるより、その、俺が世話してやりたいというかだな、その……」
ん?
俺がシグルドの世話?ってことは……もしかして…
「……俺のこと、養おうとしてくれてんの?」
「………まぁ、端的に言うと…」
シグルドが、顔を真っ赤にして目を泳がせながら、観念したように「うん」と呟いた。


もう、ダメだ。
俺より5歳も年上の、しかも男に、こんなこと思うの、おかしいけど。かなり、認めたくない部分もあるけど。
なんかもうどうしようもなく、可愛いとか思ってしまった。
「でもさ。シグ、こっちの世界のことなんにも知らなくない?敷金礼金頭金、分かる?」
「……」
これは困った。みたいな顔してシグが黙るから、俺は堪えきれずに笑いながら。
「じゃあさ、俺、やっぱり父さんに頼んでみる。一人暮らし出来るように」
「え、いや、しかし……」
「そんで、俺の部屋で、二人で暮らそう。シグは働くことに専念していいよ。俺、家事とか頑張るし!」
「いや…でも……」
それでも煮え切らないのか、シグルドは言葉を濁した。こいつ、そんなに俺を養いたいのか。
「わーっかった。じゃあ家賃半分づつ出そう。それじゃダメ?まだ納得出来ない?」
「…本当にそれでいいのか?ヒロキは両親と離れたりすること、嫌ではないのか?」
「たまに実家には帰ってくるよ。でも17年も一緒にいたし、それよりも、俺は……」
「俺は?」
「……シグ、と、一緒に、いたい……し!」
耳元でわざと大声で叫んでみた。シグルドはビックリしたように、俺の顔を見て、それから、ハ、と息を吐くように笑った。
「……本当に…お前と言う奴は……」
前にも、そんなこと言われた気がする。俺はシグルドにもう一度、強くしがみついた。





「そういえば、シグの仕事ってどんな内容なの?」
「俺に合うような職を探している、と言ったら、ここを薦めてくれたのだが」
そう言いながら、シグが取り出したのは、工事現場だった。
「…これ、めっちゃ力仕事だよ?」
「ほう、そうなのか。さては俺の筋力を見抜いたのだな。鍛錬にはちょうどいい。
さすがはよく分かっているな、ナルミさん」
「誰だよ!」
「受付の人だ」

ホント、大の男に言う言葉じゃないけどさ。可愛い人だ。ちくしょう。







 




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